泰安寺案内

泰安寺本堂
  本堂の内陣中央の須彌壇に御本尊として阿弥陀如来が祀られている。
ご相好は来迎印を結び納衣を肩に通された穏やかにして上品に彫り上げられた総金箔仕上げの阿弥陀如来立像である。
  その左側に至勢菩薩と右側に観音菩薩の二つの菩薩が脇侍している。
  また中央天井に総金箔の六角型欄間入り人天蓋とその両脇に総金箔の幢幡が昭和60年新調寄進されている。
  そして内陣奥の左手に宗祖法然上人菩薩がが祀られ、また内陣右手に聖観音菩薩が祀られている。
客殿昇降口
  松平家代々の追遠法会が行われ旧藩主が参拝されるにふさわしい葵の大きな鬼瓦、玄関の破風構えなど堂々たる建造物である玄関踏板は鶯張りである。
 不動尊堂
   天保時代まで津山鶴山城西御殿城内にあり代々の藩主はこのご本尊を祈願佛として信仰厚く、その霊験まことにあらたかなものがあるとされていた。
弁天堂
  弁財天をお祀りしている。
もとインドの川の神で、その像は六臂(び)弁財天で古代色豊かなものである。
 知恵・弁舌の徳をそなえるとされる女神、のちに吉祥天と混同され、財産や福を授ける神とされ、七福神のひとつとして信仰されている。
宇田川家三代墓所
 平成元年11月12日宇田川三代墓所が泰安寺に移転完了し、法要が行われる。宇田川家は日本の近代文化発展の創始者として郷土の大偉人である。
 津山の「宇田川家三代顕彰実行委員会」が中心となり、東京の多摩霊園より泰安寺墓地に移転改葬され津山の史跡となる。

宇田川榕菴生誕220年記念イベント(2018年)
 江戸時代後期の津山藩は蘭学者(洋学者)を輩出し、明治維新へ向かう日本の近代化をリードしました。また当時最高峰の医学書を著した宇田川家に津山藩主は、出版費に充てるようにと助成金を贈るなど支援を惜しみませんでした。当時の津山藩主松平斉民(1814~91年)は将軍の実子であり、幕府に臆することなく蘭学を守り発展させました。
 そうした津山藩主の庇護の下、才能を開花させた宇田川榕菴(1798~1846年)は植物学から原子、分子まで先駆的な研究を進め、数ある功績の一つとして「珈琲」という文字を誕生させました。
御霊屋
   御霊屋の右側に徳川家(宗家)の8代までの位牌があります。(1代家康・2代秀忠・3代家光・4代家綱・5代綱吉・6代家宣・7代家継・8代吉宗)
   御霊屋の左側には松平藩主9代までの位牌があります。松平藩主松平家の位牌ですが、戦争中は防空壕に入れられていましたが、防空壕が水浸しになり位牌も水に浸かってしまい随分と痛んでしまいました。